
学習障害で、映画の脚本を読むのに、普通の人の2倍時間がかかっていると告白した。
映画監督のスティーブン・スピルバーグ氏(65)が自分に学習障害があり、
それが原因で子ども時代にはいじめられていたとインタビューで告白して、話題となっている。
スピルバーグ氏は、障害を抱えた努力の人だったんですね!
しかし彼は、映画と出会い、「学校へ行くのが大嫌いだったが、映画づくりを通して救われた」と語っている。
彼の活躍は、いま勉強に苦労している子供達に、希望を与えます。 成功できるんだと!
スピルバーグ氏が公表したのは、読み書きが困難になる「ディスレクシア」と呼ばれる障害。
「ディスレクシア」とわ、学習障害の一つである。
それが分かったのは、なんと5年前だそうだ。ごく最近ですね~。
その時、初めて診断され、「自分についての大きな謎が解けた」と話している。
理由が分からず、つらかったのは、子供時代だ。
小学生の時は読み書きのレベルが同級生より2年遅れ、「3年生のころは、
クラスの前で読むことを求められるのがいやで、とにかく学校へ行きたくなかった」と振り返ってる。
そりゃあ悩むでしょう、頑張っても出来ないと自身を無くしてしまいます。
「先生も心配してくれたそうだが、学習障害についての知識もない時代で、
十分に勉強していないと思われた」そうだ。 かわいそう~!
今でも、本や脚本を読むのに、多くの人の倍近く時間がかかるという。
映画の才能だけでなく、ずっと努力をつづけてきたんですね。
また、学習障害がきっかけでからかわれ、いじめられたことも明らかにした。
「中学時代が一番つらかった。子供は本当にきつく、嫌なことをする。大変だった」と話したいる。
そんな時、「 映画づくりが、負わなくていい重みから私を救ってくれた 」という。
10代初めから撮り始めた8ミリ映画が支えになったようだ。
17歳の時、スピルバーグはカリフォルニアに遊びに来た際、
ユニバーサル・スタジオをバスで回るツアーに参加した。
そしてツアーの途中でトイレに隠れてバスが去ってから
スタジオ内を探索するという大胆な作戦をとったのだ。
その時、スタジオで映像保管係をしていたスタッフと知り合うい、3日間の通行証を作ってもらう。
その後スタジオには顔パスで入れるようになったとか。
この行動力は、すごいですね!
そして、1965年からカリフォルニア州立大学ロングビーチ校にて映画を専攻したのだ。
スピルバーグは大学に通う一方で休みになるとユニバーサルへ潜り込むようになり、
ついには空き部屋だった掃除小屋を自分のオフィスとして使用していたとか?
21歳のときに、オープニングタイトルとオプチカル効果の会社を経営しているデニス・ホフマンと知り合い、資金を提供してもらうこととなり、最初の作品「アンブリン」を完成させる。
この映画がユニバーサルテレビ部門の責任者シドニー・シャインバーグの目に止まり、
ユニバーサルと7年契約を勝ち取る。
彼の才能を、有名にしたのはテレビ映画の「激突」だ。
1972年に、テレビ映画として撮った『激突!』が評判を呼び、海外では劇場公開され、
スピルバーグの名前が世界に知られるようになる。
撮影期間が16日しかなかった.
編集作業から放送まで3週間程度しか確保出来なかったため、
絵コンテを用いず、大きな地図に撮影ポイントなどを書き込んだものを使って撮影が進められた。
いわば、監督のスピルバーグの頭の中に全てがあったのだ!
早撮りで知られるスピルバーグであるが、自身「最も慌しい映画作りだった」と語っている。
数台のカメラを同時に動かしながらの撮影手法は、神業と言われた。
1975年に公開された『ジョーズ』はそれまでの『ゴッドファーザー』の記録を破り
1977年に『スター・ウォーズ』に抜かれるまで世界歴代興行収入1位を記録する大ヒットとなり一流監督の仲間入りを果たす。
1982年の『E.T.』では2度目の世界歴代興行収入1位を記録し、
1997年に『タイタニック』に破られるまで続いた。
華々しい業績だ。
だがスティーブン・スピルバーグ監督が、学習障害で脚本を読むのも苦労している話しは
凡人にも勇気を与えてくれる。
努力すれば、夢が叶うことを!
スティーヴン・アラン・スピルバーグ(英国: 1946年12月18日 )生まれ。
ガンバレ スティーブン・スピルバーグ監督
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